龍のほこら 月の輝夜 忍者ブログ

龍のほこら

図書館戦争の二次創作を置いている場所になります。 二次創作、同人などの言葉に嫌悪を覚える方はご遠慮ください。

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おはようございます!
一昨日は記念すべき堂郁出会いの日でしたが、いかがでしたでしょうか?
そして、いよいよイベントまであと1週間を切りましたね。
一般参加される方、サークル参加される方、準備に余念はないですか?
私は、初のことなので何が必要なのかとか色々不安ばっかりですが後を任せてしまうので(あ、売り子には行きます)ちょっとだけ気が楽に(笑)

本日は、参加させて頂いた『one titles』様へ投稿した9月分『月』がお題の作品の再録です。
別のボツになったものもあるのですが、そちらは書き掛けなので完成したらいずれ……多分^^;
今月でラストになったこちらの企画、10月分も投稿させて頂いておりますので宜しければ行ってみてくださいませ。
『one titles』様は11月末日まで公開予定とのことです。

<お願い>
1.この作品は原作の時間軸ですが、少し風変わりな世界観を持ち込んでいます。
2.風変わりな世界観の要はオリキャラとなっています。
3.時期は査問中で郁が手塚慧に会う直前の頃、堂郁のフライングになります。

それでは、「本編スタート」よりご覧くださいませ。


拍手[49回]



中秋の名月もあと3日という日に郁は公休日に当たっていた。

「明日、何しようかなぁ・・・。」

柴崎と2人しか居ない寮の自室で、漸く凝り固まった肩の力をほんの少しだけ抜いた郁は机に懐きながらポツリと呟く。
明日の公休日はあいにくと柴崎とは合わず一人で過ごす休日だ、何をしようかと考えても基地内に居るならば自室で本を読むことくらいしかやれることはない。
洗濯などは時間をずらしてやるとしても、極力外へ出ることは避けたい。
自然とそういう思考になっていた郁は傍に居た柴崎の言葉に無言で顔を上げる。

「ねぇ、笠原。あんたススキが生えてる場所とか知らない?」

ススキ?と頭上に疑問符を浮かべて見つめる郁に柴崎が少しだけ難しい顔をしながら告げるのは図書基地の懐具合。
3日後に控えた中秋の名月に備えて上官が急にススキを飾りたいと言い出したのだと言う。
花屋に連絡すればいいのだが、時期もギリギリ、どこも売り切れているかぼったくる花屋ばかりで懐具合と帳尻がつかない。

「で、もし採れるとこあるなら採ってきてほしいのよね~。あんた散歩好きだし、前にススキがあったって言ってた気がしたんだけど。」

何気ない物言いだが、きっと柴崎が心配しているのは郁が引きこもることで外に、遠出をする口実になる物を請け負ってきてくれたのだろう。
郁は柴崎の言葉に目頭が熱くなるのをぐっと目を閉じて頭を振ることでやり過ごすと仕方ないなぁ・・・と笑ってみせながらその依頼を請け負った。
翌日は少し早目に起きて柴崎と一緒に朝食を済ませると身支度を済ませて郁は一人、去年ススキを見た河原へと向かって基地を出た。
河原へ向かう途中の電車では、その風景が徐々に都会っぽい物から懐かしい田舎の風景に変わっていくのを視界に収めてどこかしらほっとする。
今の図書基地は郁にとって息苦しい場所となっている。
もし、柴崎が同室でなければ、堂上が、小牧が、手塚が、タスクの先輩たちが彼らではなかったら、郁は当の昔にその場を逃げ出しただろう。
それくらいに陰湿な空気が流れている様に感じて、郁は心が重苦しさに潰されそうになっているのを実感する。

「はぁ・・・こんなんじゃダメだ。まだ2か月経ってないのに・・・。」

電車のドアに凭れ掛かりながら、周囲に聞こえない様に落とされた呟きは小さな弱音。
辛い時は言え、そう言われている。
それが支えであるが、だからこそ弱音を言いたくはないと歯を食いしばる郁は遠くを見つめると次に停まった駅で降りる。
一駅分、手前で止まって川沿いをゆっくりと歩くと残暑を流す様に緩やかな風が頬を撫で、髪を揺らしていく。
目を細めてそれを受け止めながら目的地に着いた郁はゆっくりと河原へと斜面を下って行く。

「んーっと、うん、この辺が良いかな?」

肩に掛けたショルダーバッグから花を生ける用の鋏とそれを纏めるための包装紙を取り出して、見栄えの良さそうなススキを選んで必要なだけとプラスして自室に持ち込む分も切る。
ある程度の長さで切ったススキは気付けば一抱えになっていてホールに置く大きな花瓶にも見栄えがする程度の量になったのを確認して郁は手を止めた。
河原には子供の遊び場もあり、水道が引いてあるのを見つけて簡単に手を洗うとススキの切り口にも水を付けてから一休みと思って道沿いに設置されているベンチへ座った。
バッグからは昼をまたぐことを見越して駅近くのコンビニで買ったおにぎりとお茶が入っている。
時計を見ると12時を回っていてついでに昼ごはんを食べようとそれを取り出した。

「なんか、久しぶりだなぁ・・・・。」

遠出したその場所は郁を知る人はほぼ居ないと言えるような場所だった。
居たとしても郁は素通りされるだろう、そんな場所で1人という空間に久しぶりの安堵を覚える。
お昼ご飯のおにぎりを食べ終わった郁はぼんやりと空を見上げてみる。
秋を思わず様な高く、青い澄んだ空が郁の視界を一杯に埋め尽くす。
暫くぼんやりしていると、カサリと足元で音が響いて郁は反射的に足元を見た。
足元にはどこから紛れてきたのかウサギが一羽郁の靴に両手を掛けて郁を見上げていた。

「何?え?ウサギ??」

郁はその足元に居たウサギの思いがけなさに目を丸くすると、誰に問いかけるでもなく言葉を零す。
お前どうしたの?おうちはどこ?まるで小さい子に言う様に言葉を掛ける郁にウサギはただじっと見上げてくるだけ。
手を伸ばすと逃げるわけでもなくその背を大人しく撫でられてくれるウサギは首輪も何もないが飼い兎なのだろうと周囲を見渡すが飼い主らしき姿はない。
迷いウサギだろうかと首を傾げるが郁には解りようもない。
ただ、大人しく撫でられてくれるウサギの毛が手触りが良く、色が太陽の光を浴びてキラキラと輝くような月色をしているのが何だか嬉しくて郁はそっと撫で続ける。
どれくらいそうしてウサギの背を撫でていたか時計を見ていない郁には判らないが、不意に震えた携帯のバイブではっと気づくとウサギから手を離した。

「あ、教官だ・・・。なんだろう?メールなら緊急じゃないよね。」

携帯の着信を確認すれば届いていたのはメールで、『1800 駅裏 いつもの飲み屋』という端的な文章のみ。
どうしたんだろうと首を傾げる郁にもう1通届いたメールは柴崎からで、手塚から班飲みに誘われたから行くという内容だった。
その2通で、堂上が自分を気遣って班で食事に行こうと誘ってくれたのだということを理解してふわりと笑みが零れた。
郁は携帯を仕舞うと帰ろうと立ち上がり、ウサギを思い出して足元を見たがもう姿はなかった。
野良ウサギだったのかもしれないと深く考えずに荷物とススキを抱えると時間までに帰ろうと少しだけ軽くなった心で電車に向かった。
その夜、堂上班で飲み食いをして寝落ちた郁が久しぶりの安眠を貪っている頃、基地の鬱蒼とした木々の間で1つの影が揺れた。

「見つけましたぞ、輝夜様!」

囁くような静かな呟きは、誰にも聞かれることなく夜の闇に溶けて消えた。

***

郁がススキを持ち帰って3日が経った。
月見の当日であるその日、堂上班は午後から事務仕事だった。
郁は苦手ながらも最近少しだけ早く出来るようになった処理を失敗しない様に細心の注意を払いながら行っている最中だった。

「笠原。」
「はい!」

ポチポチと間違いがないようにキーボードを打っていた郁を、背後で堂上が呼んだ。
その声に忠犬が如く素早く反応した郁はぱっと立ち上がって堂上の目の前まで歩み寄る。
何かお手伝いが出来るんだろうか?と、少しだけ期待した瞳で郁が堂上を見やると堂上は手にした書面を見て少しだけ渋い表情を浮かべている。

「あの・・・私がやった書類、何か間違ってましたか?」
「いや、そうじゃない。が、悪い、これはお前じゃない方が良い。」
「え?」
「手塚。」

呼ばれて傍に行った郁は、堂上の自分じゃない方が良いという言葉を役不足として捉えた。
郁が呆然としながら手塚と堂上の様子を見ているのに気付いていないかのように、堂上は手塚に指示を出す。
横で聞いていた内容はどう考えても郁でも出来る内容で、どうして?と疑問符が浮かんだまま郁はその場を動くことが出来ないでいた。

「おい、笠原。いつまでもぼーっと突っ立ってるな。呼んだだけで悪かったが、残りの仕事やってくれ。」
「あ、はい!すみませんっ!!」

手塚が指示を受けて事務所を出てっても、未だ傍に立っている郁を訝しんだ堂上が声を掛ける。
郁はその声にはっと気づくと慌てて自席に戻って仕事を再開した。
しかし、その手は先ほどよりもずっとゆっくりでその表情は堂上にも小牧にも見えなかったが何かを堪える様にキツく唇を噛み締めていた。
それから2時間ほどして、郁もミスをすることなく課業が終わった。
泣きそうになる自分を必死に抑えて最後の仕事である日報を仕上げる。

「教官、出来ました!」
「ん・・・よし、上がって良いぞ。」
「ありがとうございます!お疲れ様でした!!」

荷物を手早く纏め、日報を堂上に見せると常よりもさらに早い動作で郁はさっと事務室を出て行った。
ここ最近ではありえない素早さに小牧が訝しんだが一歩遅く、郁の表情を捉えることは出来なかった。
更には昼休みを思い返して、見たい番組があると言っていたのを思い出したためにそれの時間が近いのだろうと珍しく気に留めなかった。
一方の郁は、逃げるように事務室を出ると基地内にある人があまり寄り付かない自分の泣き場所を探して足を動かしていた。
ミスはしなかったとはいえシフトの関係でそれなりに遅い時間だった。
郁が走るルートには人気はほとんど感じられず、郁は基地内の目隠し用に植えてある樹木の影を縫いながらほとんど知る人の居ないはずれのベンチへとたどり着いた。

「っく・・・ど・・・して?きょーかん・・・・。」

今まで、査問が始まっても泣くことのなかった郁だったが今日の堂上の態度にどうしてか心の線が切れてしまい涙が止まらなくなった。
自分は役立たずだと言われたのだろうか、どうして手塚じゃないとダメだったのか説明もないその行動に堂上の自慢の部下で居たいと必死に張ってきた心の糸が途切れる。
ぽろぽろと涙を零し声をかみ殺す姿を木々の葉の陰から煌々と輝く丸い月だけが見下ろしているはずだったが、すぐ近くでもう1つ見ている物が居た。

「なぜ、あの男は輝夜様を泣かすのだ!輝夜様が大切ではないのか?あやつが大切にしないのならば、盟約通りに私が輝夜様を貰い受ける・・・。」

涙を堪えようと歯を噛みしめ、嗚咽を殺し、肩を震わせる郁を見て月ではない影がゆるりと動いてどこかへと消えていった。
郁は30分もしないうちにどうにか涙を止めることに成功するとそっと人目を避けて自室へと戻り荷物を放り出すとスーツのままベッドに身を投げ出す。
柴崎は居ないのか、と思ったのも束の間で今日は外せない飲み会があるから遅れると言っていたなと思い出してそのまま目を閉じる。
ベッドに、自分のテリトリーに入ったことで再び緩んだ涙腺はそのままに考えることも何もかもを放棄して郁は誘われるままに睡魔へと身を委ねた。
それがたとえ悪夢への誘いだとしても、今はその方が楽だと思ったから。
そうして落ちた夢の世界から引き戻されたのは草木も眠る丑三つ時だった。
誰かに呼ばれたような気がしてふっと目を覚ますと閉めてあるはずのカーテンがすべて開き、月が煌々と輝いているのがガラスの向こうに見えた。

「・・・・・呼んでる。」

じっと見つめた先、いつもよりもずっと大きな月に異変を感じるよりも先に郁は呼ばれていると思った。
外に出ておいで、迎えに来たよ、一緒に行こう、そう呼ばれているような気がしてそれに逆らうことも出来ず郁はベッドから抜け出す。
反対のベッドはもうカーテンが閉じられていて柴崎がいつの間にか帰ってきて寝ていることを理解した。
スーツのままだった郁は着替える必要性も感じずに立ち上がると荷物も持たずにそっと音を立てないように部屋を出た。
ただ1つ、その手には財布でも携帯でも他の何でもなく1冊の本を持って郁は追い立てられるように外へと向かう。
女子寮の扉をくぐり、共有スペースに辿り着くと1人の男性が郁を待っていた。
どこかで見たことのあるような気がするその男性は郁の姿を見ると柔らかな笑みを浮かべて郁に手を差し出してくる。

「輝夜様、お待ち申しておりました。さぁ、参りましょう。」

差し出した手で郁を呼ぶ男性は、歌うように言葉を紡ぐ。
郁に届くその言葉は感情が伴っているのか判らないふわふわとした物として認識されたが、何を言っているかは理解出来た。
呼ばれるままに近づいた郁に男性はそっとその両の手を取ろうとして僅かに眉をひそめる。
郁の手に握られたその本が、郁の片手を占領していたからだが郁にはそれが判らず首を傾げる。

「あの・・・?」
「ああ、申し訳ありません。わたくしは輝夜様の従者にして守り人である薄野月兎と申します。輝夜様にはお手を煩わせないようにとお荷物は不要とお伝えしたつもりだったのですが。」

黙って郁の手元を睨む男性に、漸く僅かばかりの疑問が浮かんで問いかけると男性は月兎と名乗り言葉を畳みかける様に発した。
そうして、郁が手にする本をお預かりしますよと受け取ろうとしたが郁は何故かそれを渡してはいけないと感じて咄嗟に腕に抱え込む。
そして、申し訳なさそうに月兎を見ると改めてその容姿に目を向けた。
月の色を映したかのような髪と赤みかかった瞳の色、どこかで見覚えがあると思ったそれは3日前にススキのそばで見たウサギの姿だった。
そう気付いたもののウサギと男性が繋がるはずもなく郁は見覚えがある色だったのだなと思っただけだったが・・・。
そうして見つめ合うこと数分、月兎は郁の手から本を取り上げることは諦めてどこからか取り出した衣を広げた。
それはこの世の物とは思えない色彩のそれは美しい布地で郁はその素晴らしさに呆然と見とれる。
月兎がそれを広げて郁の肩に羽織らせると、途端に郁の意識は朦朧とし始める。

「輝夜様、輝夜様、この世界、あの男が貴女を泣かすなら私は貴女を奪いましょう。」
「私・・・は・・・・。」

衣ごと、肩を抱かれて胸に抱えた本はそのままに郁はかけられた言葉を理解しようと考える。
しかし、集中しようとすればするほどぼんやりとしてくる意識にかけられる言葉の内容が理解できない。
さぁ、と促されて一歩を踏み出した郁とそれを促して歩き出した月兎。
一歩、一歩と促されるままに遅い足取りではあったが進む郁が締め切られているはずの寮の扉をくぐろうとした瞬間、カタン、と音が響いて男子寮から誰かが出てきた。
その音にいち早く気が付き振り返ったのは月兎だった。

「まさかっ!?」
「・・・・・誰だ?」

男子寮から出てきたのは、どうしても寝付くことができずに寝酒を求めて自販機に酒を買いに来た堂上だった。
堂上は月の光が細く、長く伸ばした人の影に気付き顔を上げると訝しげにその元になっている人物へと視線を向けた。
そして、振り返った月兎とその手に促されて外に出ようとしている郁に気が付いた。

「笠原っ?!」
「ちっ、またお前は私の邪魔をするのか!」
「きょ・・・・か・・・・?」

月兎が郁を庇うように立って駆け寄ろうとする堂上を睨みつけるのと、堂上が名前を呼ぶのは同時だった。
重なる声を耳にしながらぼんやりとした思考に聞きたくて、でも聞きたくない声が強く響いて郁はその声の主を呼んだ。
コトリ、と霞み始めていた思考がどこかに傾いだのを感じながらもゆっくりと振り返った郁は月兎と堂上が対峙しているのを月兎の背後から視界に収める。
眉間にしわを寄せて難しい顔をしている堂上に、郁はああ、いつもの教官だ、と心が緩むのを感じる。
同時に思い出すのは今日の午後の課業のこと。
郁はぼんやりと何かに覆われた様な思考のままに思い出した出来事を享受できずにポロリと涙をこぼす。

「お前は輝夜様を泣かせたのだ。昔、お前は輝夜様をどんな姿になっても必ず見つけ、幸せにすると誓った・・・。誓ったからこそ、一度は天に、月に戻られた輝夜様をお前の元へ戻せるように駆け回ったのに・・・。」

堂上を睨みつける月兎はうわ言のように言葉を紡ぐ。
その目は堂上を見ているようで見ておらず、郁を見ていとおしいと揺れるのに郁ではない誰かを見つめている。
だが、堂上には状況の把握をすることができずにただ郁の涙と死んだような虚ろな目に困惑をその顔に浮かべる。
月兎は動きの止まった堂上にふんっと鼻を鳴らすと郁の方へと身体を向けて再び外へと促す。
外は、白銀の光に包まれて扉の1歩向こうには違う世界に繋がっているような異様な雰囲気だった。

「待て!!」

一歩、郁が外に近づくと光が強くなる。
それがどこから発せられてる光なのかと辿ると空に浮かんでいるはずの満月で、なぜか堂上が帰宅する時に見たものよりもずっと大きく、近くなっている。
堂上は状況が判らないまでもこれを見過ごしてはならないという予感だけは確信して歩き出した2人を追いかけようとしたが、なぜか体に力が入らず一歩が踏み出せない。
これは一体どういう事だと考えてもわからず、堂上は何かヒントはないかと先ほどから投げられている月兎の言葉を思い出し反芻する。
月兎はしきりに郁のことを輝夜様と呼んでいて、呼ばれた郁は感情が欠落したような無表情で目は死んだように虚ろな物だった。
ただ、静かに涙を流すその白い顔は酷く作り物めいて生気が抜けたそれらに堂上は理由の判らない焦りを感じる。
そこで堂上が何故かふっと思い出したのはお話会で読まれた本のタイトルだった。

「かぐや姫・・・・?いや、しかし・・・・。」

かぐや姫が月に帰る日、それを阻止しようと求婚していた帝が集めた武士たちは強く光る月の光に力が抜け、次々とその場に倒れていった。
そして、衣を着せられたかぐや姫は・・・・と、竹取物語を思い出した堂上ははっとして郁を見る。
丁度郁はあと1歩で寮の外へと出るところだった。

「郁っ!!!!郁っ、行くなっ!!!郁っ!!!」

堂上は咄嗟に郁の名前を叫んでいた。
人の気配が微塵も感じない、いつもなら聞こえる機械の稼働音もその全てが死んだように止まっているその場所で堂上も普段の頑ななまでの心の枷が緩んでいた。
ただ、郁の背を目にして堂上の思考を占めるのはこのまま郁を行かせれば二度と戻らないという確信だけ。
そして、堂上の叫びに郁の肩がピクリと揺れて月兎の郁の肩を抱く手に力が入る。

「輝夜様・・・・。」
「・・・・・ぃ・・・・や。」
「・・・っ!!」

寮を出るための最後の一歩を踏み出そうとしていた郁の足が止まり、月兎はその一歩を踏み出すように促したが郁の身体はそれまでが嘘の様に最後の一歩を踏もうとしない。
月兎が焦れてその背を強めに押そうと腕に力を込めた時、郁から小さな声が漏れた。
嫌だ、と、最後の一歩を踏み出したくない、と拒絶する声が月兎の耳に届く。

「なぜっ!?あやつは貴女を傷つけたではありませんかっ!!」
「ち・・・・がぅ・・・・。」

郁は霞んだ思考の中、それでも違う、嫌だを繰り返す。
何故そう思うのか説明したくても考えることを強制的に止められているような感覚にそれ以外の言葉を紡ぐことが出来ない郁はもどかしげに頭を振る。
無表情だった能面のような顔に僅かだけ感情の色が走る。

「郁っ!!」

郁の拒絶に、月兎が呆然としていたからか力の入らなかった堂上の身体に少しだけ力が入るようになる。
それに気づいた堂上が渾身の力を使って郁の方へと歩み始めると同時にそれまで強気だった月兎が一転して泣きそうな表情で郁を見つめていた。
その腕は力なく下に落ち、郁の肩からは外れている。

「・・・・・どうして、輝夜様はいつもあやつの味方なのだ。なぜ、私ではいけない?」

悲痛な呟きがぽつりと落とされたが、月兎はそれ以上何も言わず郁の肩からするりと衣を剥いだ。
郁は衣が肩から滑り落ちた瞬間、体中から力が抜けるのを感じてその場に崩れ落ちそうになる。
それを間一髪で受け止めたのはやはりというかどうにか郁のもとへと辿りついた堂上の腕だった。

「いっ・・・笠原っ!」
「・・・・きょーかん・・・・。つきと・・・・。」
「輝夜様・・・・いや、笠原殿。貴女は、どんなに泣いてもその男が良いのですか?」
「・・・・・わたし・・・は・・・。」

問いかけに顔を上げた郁の視線の先、月兎の泣きそうだった表情は張り付けた様な笑みに変わっていた。
けれど、その目は悲しみをたたえる様に潤み紅くなり始めている。
そんな月兎の視線を受け止めて、郁は問いかけの答えを求めて自分の心を振り返る。
図書隊に入隊して以降、王子様の背中と同じくらい必死に追いかけてきた堂上の背中を思い出して強く跳ね始める心臓を持て余す。
それでも、追いかけることをやめたいとは思えず、今だってどれだけ泣いても要らないと言われるまではそばに居たいと願っている。

「教官を追い続けたい、許される時間すべてを使って・・・・。」
「笠原・・・・。」
「・・・・・お主は、わが主を泣かせることが守ることなのか?」

郁の答えに、しばし無言で郁を見つめた月兎が郁を支え、抱きしめ守るように腕に囲い込んでいる堂上を見て口を開く。
今日の涙の原因とて、1日、いや、あの河原で郁を見かけた時から見つめていた月兎には解っていた。
堂上はいつもの癖で郁に頼もうとした仕事を、しかし届け先に郁を傷つける者が居ると思い出したゆえに手塚へと変えたのだ。
そのまま郁に説明すれば、それこそ大丈夫だと言ってそのまま駆けていくだろうと予想したのだろう。
そうして傷ついてもその傷を見せようとはしない郁を思い、堂上は理由を明確には言わなかった。
理由を後からでも告げていれば、もう少し違ったはずだが堂上にはそんな器用さは持ち合わせていなかった。

「・・・・・違う。だが、今日は泣かせた。それは、否定しない。それでも、こいつをお前にやることは出来ない。」
「・・・・ならば、誓え。何があっても笠原殿を手放さないと。必ず幸せにすると。」
「ああ、誓う。泣かさないとは約束できない。が、絶対に幸せにする。」

問われた堂上は月兎の言葉で今日のことで郁が泣いたことを悟り、悔しげに表情をゆがめたがまっすぐと月兎を見るとはっきりと言葉を口にする。
その強い意志を秘めた目に、月兎はゆるりと口角を上げて笑みを作ると今一度郁を見た。
絡んだ視線はまっすぐで、郁の月兎を見る目は憐れみも堂上もなく澄んだ琥珀色をしていた。
月兎は腰を折ると堂上に支えられてどうにか立っている郁の髪に小さく1度だけ唇を寄せて身を翻す。
堂上が2人を見つけた時、あれだけ強く輝いていた白い光は寮の向こうのどこにも見当たらなかった。

「早く認めて心を通わせるのだな。でなければ、また私が奪いに来ようぞ。」

一歩、寮を出た月兎が堂上と郁を振り返って不敵な笑みを浮かべそう言葉を残して姿を消した。
一瞬のこと、瞬きの間にその全てが幻のように寮の向こう側にはいつもの風景が色がっていた。
玄関先に座り込んで堂上と郁はその顔を見合わせる。

「笠原、お前は、こんな俺でもこの先もずっと追ってくれるのか?」
「もちろんです。どんな教官でも、たとえ王子様ではなくても、教官が許してくれる限りずっと、追いかけて、同じ光景を見続けます。」
「・・・・・お前には負ける。」

見つめ合ったのは数秒、逡巡した堂上が僅かに視線を落としながら口にした問いかけに郁は即答した。
何の迷いもなく、それは意識することすらなく零れ落ちた本心だった。
堂上はその言葉に目を見開くと、ふっと頬を緩め苦い笑みを浮かべると同時に郁が腕に抱きしめて放さなかった本に視線を向ける。
その本は、郁が大切にしている王子様と出会った時の本。
堂上と郁の始まりを繋いだ本を見て、堂上は心の底から負けを認めた。
王子じゃなくても、今の自分を追いかけてくれるなら、ずっと同じ光景をと言ってくれるなら、と堂上は郁の腕の中から本を取る。
その本をぴらぴらと捲り、そして差し出しながら口にした。

「汚名を着てまでこの本を守ろうとしたのはお前だったな。好きだ。俺と付き合ってくれるか?」

郁は、堂上の言葉に目を見開いて固まり、次第に潤んだ瞳に貯まる滴は簡単に決壊して頬を伝った。
無言で静かに泣き出した郁の頭をそっと抱き寄せると、堂上は肩に埋めさせて頭を撫でる。
ややして聞こえたのはもう少し待ってほしいというお願いと、きちんと堂上を見るという郁からの約束だった。
郁と堂上が喧嘩をしながらもバカップルの名を馳せる様になるまであと少し。

その夜の出来事は中秋の名月が見せた幻か否か、それは誰にも知られることはなく2人だけの秘密となった。
自室に戻った郁のベッドに落ちていたのは郁が採って来たものよりも僅かに立派な薄の穂が1本。

『君の心のまま、まっすぐに、どうか心通わせて、行く末すべてに幸運を』

添えられた一筆箋には流麗な文字でそう綴られていた。
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