龍のほこら はつこい 3話 忍者ブログ

龍のほこら

図書館戦争の二次創作を置いている場所になります。 二次創作、同人などの言葉に嫌悪を覚える方はご遠慮ください。

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お待たせしました、はつこい3話です!
皆様から切ないコールを頂いているはつこいですが、今回も変わらず
ひたすら郁ちゃんが切ないコースを突き進むことになってしまいました^^;

少し動きが出ましたので、ラストに向けて4話制作にあたろうと思います。
2話までの動きで皆様からこうなるんじゃないか?ああなるなじゃないか??と
色々と予想を頂いておりまして、期待を良い方向で裏切れるような内容にしたいと思いつつ
出来ているかかなり不安がありますが楽しんで頂けることを祈って公開です。

本編スタートよりご覧くださいませ。

拍手[86回]





合宿から帰る当日、午前中は軽くミーティングがあり今後の動向などが説明された。
見込みのある物は定期的に合宿への参加が可能になる旨などが説明され、コーチ陣との別れを惜しむ時間が設けられてから解散となった。
郁は解散後手塚と話をしてアドレスを交換すると迎えに来た教師の車で自宅に戻った。
午後、荷物の整理などを済ませると自室のベッドに倒れ込んだ。
結局昨夜はあのまま眠ることは出来ず夢現を行ったり来たりしていたのだ、自室に戻ってきて気が抜けると一気に眠気が訪れた。
堂上が学校から帰宅するまではまだ時間があると思うともうその眠気に逆らうことは出来ず、郁はゆっくりと瞼を閉ざすと数秒後にはすぅっと寝息を立て始めた。
郁はふわふわとした心地の中、よく知った手が優しく髪を撫でているような気がして意識を浮上させた。
そういえば、篤が来るって言ってたなと思いながらも途中まで浮上した意識は優しい撫でる手に再び沈んでいく。
気持ちいい…そう思ってもそれを伝えることも出来ない。

「んっ…」

どうにか起きようとして声を出すと、手が寝るのを促すようにくしゃりと髪をかき混ぜて緩く撫で下ろしていく。
郁はその仕草だけで手が堂上のものだと確信し、身体から力が抜けた。
何度も丁寧に撫で梳かれて、郁はゆるゆると夢の中へと戻っていく。
しかし、途中で耳に届いた言葉が郁の心にひっそりと波紋を残す。

『お前にとって、俺は何なんだろうな。俺にとっても、郁は…』

不安そうな揺れた声が郁を不安にさせる。
滅多に聞けない泣きそうな声が郁を心配にさせる。
何があったの?そう問いかけたいのに郁は誘われるままに夢に落ちていく。

「あ…つし……いで…」

泣かないで、行かないで、精一杯良い幼馴染でいるから。
伝えたい言葉は全て音にならず郁は深い眠りへと落ちた。
最後の瞬間、唇に少しかさついた暖かな物を感じた気がしながら。
郁がきちんと目を覚ましたのは合宿から戻った翌日の早朝だった。
昨日、ベッドの上に倒れこんで布団も被らずに寝たと思ったのにきちんとした格好で寝ていた郁は起き上がって自分の格好を見下ろす。
すると格好は昨日ベッドに倒れこんだ時のままで、夢だと思った手の感触を思い出す。

「篤、来てたのかな・・・。」

なんとなく気まずくて、でも嬉しい気持ちもあって撫でられた頭に両手を置くと下から声がした。

「郁ー、いつまで寝てるの?学校遅刻するわよ。」

母親の声に時計を確認するといつの間にか時間が過ぎていたらしく起きる時間になっていた。
学校の制服に着替えて鞄を手に階下に降りると母親がご飯を準備して待っていた。
合宿に行った日から母親とはあまり話をしていない。
合宿所に着いた時、延長の手続きをした時、そして帰る時と電話をしたが母親の声はとても硬かったから、郁はまた何か言われる前にと母親と話す事を避けるように戻ってから一度も目を合わせていなかった。
黙々とご飯を食べている郁を母親はただ黙って見つめている。
その空気が息苦しく、早々にお茶碗を置こうとした郁に母親が声をかけた。

「郁は、その先がたとえどんなに苦しくても走り続けたいの?」
「え・・・?」
「昨日、お隣の篤君が来たのよ。貴女寝てたらしいけど・・・私、篤君に怒られちゃったわ。」

母親の突然の言葉に驚きで固まっていた郁は、堂上の名前を聞いて解凍されるとやっぱり昨日来てたんだ、と内心で呟く。
そうしている間にも母親はどこか拗ねた様子で話を続けている。
その話は郁が長年思っていたこと、溜め込んでいたこと、母親に言いたくても言えなかったこと、言っても聞く耳を持ってもらえなかったこと、色々な我慢してきたことだった。

「貴女の娘なのに、なんで郁を信じてあげてくれないんですか。郁は自慢出来る娘さんだと思いますよって」

母親が告げた堂上の言葉は、郁の奥に凍らせていたはずの感情を容易く溶かしていく。
郁はただ、なんで?どうして?そんな言葉しか浮かんでこない。
そして無意識に触れた自分の唇に、今朝よりもリアルに思い出したかさついた感触。
顔が真っ赤になるが、今日も迎えは来るはずはない。
全く別のことを考えている間に母親の話は最後に辿り着いていたらしい。
郁を見て、もう一度問いかけてきた言葉は今までよりも幾分優しく、哀愁を伴っていた。

「郁には、走り続ける覚悟があるの?」
「もちろん!」

母親の問いかけに返した言葉は反射だった。
しかし、その心に嘘はない。
ましてや、堂上が自分を認め応援してくれているのならば、走り抜ける覚悟はいつだってできている。
どれだけ自分が堂上にとって妹のような存在であっても、自分にとっては堂上は道しるべにもなる特別な存在なのだから。
その信頼を裏切ることなど出来ないのだから。 
郁の即答に、母親は小さなため息を吐いて肩を落とすと郁に背中を向けた。

「もう良いわ。そんなに言うなら好きになさい。」

途中で逃げて帰ってくるようなら言うこと聞いてもらいますからね、と言いながらももう口出しはしないと確約した母親に郁は少しだけ苦しさから解放された気がしてふっと息を吐くと時計は家を出る時間を指していた。鞄を手に取りご馳走様の言葉を残して郁は家を出る。
門前で立ち止まって、隣の家を見ると堂上はもう登校した後なのだろう部屋のカーテンは開かれ隣の家は静寂を伴っていた。

「篤、ありがと・・・。」

目を細めて部屋を見上げた郁は小さく呟くと学校へ向かって歩き出した。
学校に着いて教室に到着すると案の定質問攻めにされてしまったが堂上の視線がちらりと郁の方に向いたことには気付いた。
口元に見える笑みは柔らかく、郁に何があったのか知っている様な表情だった。
そのことに胸が熱くなる。
しかし、それもつかの間で教室に入って少しもしないうちに廊下から堂上が呼ばれ、河野が顔を出すと郁の気持ちも自然と下がった。
ああ、勘違いするな、今の篤には河野さんが一番なんだから・・・と、郁は呼ばれて出ていく堂上の背を横目で見やりながら身体の向きを机に戻した。
それから一週間、郁は堂上と会話をするきっかけを見失ってしまっていた。
学校に居る間は河野さんの取り巻きと思われる女子たちから邪魔をされているような気配もあり会話が出来ず、家に帰ってからは合宿以降練習にそのメニューを組込み練習量が増えたこともあり宿題以外は気力が持たず直ぐに寝る日々が続いていた。
慣れてくればそれも徐々に改善するのだろうが、一週間程度では慣れるはずもなく時折髪を撫でる優しい手を感じることはあっても郁は只管朝まで寝続ける生活が続いていた。
そして一週間後のある日、顧問の都合で部活がなくなった日、堂上の方は部活がある様子だったのでさっさと帰ろうと昇降口を出た郁は門前に出来た女子の人だかりに目を瞬かせた。
人だかりの中心には郁の見知った顔があり、非常に困惑している様子が見て取れた。
 思わず足を止めてまじまじと見つめてしまった郁は我関せずで通り過ぎようとしたが、中心にいた人物が郁を認めて声をかけながら近づいてきた。

「おい、無視すんな!」
「何よ、手塚。こんだけ人だかり出来てたら関わりたくないにきまってるじゃない。」
「俺のせいじゃない。」

通り過ぎようとしたのに腕を掴まれて止められた郁は、不服そうに手塚を見上げる拗ねたような表情で手塚に文句を言う郁に、手塚も気を許した表情で困惑を表しながら郁を引きずっていく。
郁はいったい何事かとか、明日は女子の質問攻めだなとか、いろいろ考えていたが門が見えなくなる寸前、その陰に見てほしくなかった人の姿を見た気がして目を見開くとその姿は踵を返して武道場の方へ立ち去っていくのが見えた。

「誤解、されたかな・・・」

見間違いようのない後姿を愕然と眺め、内心でとどめきれなかった言葉がぽとりと落ちた。
その言葉を拾った手塚がようやく腕を放して立ち止まると郁を見下ろす。

「なんだよ。」
「何がよ。」
「今、誤解とか言ってただろ?」
「別に、あんたには関係ないわよ。」
「なんだそれ、人がせっかく・・・。」

見下ろした郁の様子がどこかおかしいと声をかけるが、不貞腐れたような声で返される頑なな返事にかちんと来てつい喧嘩腰になる手塚。
郁もそれに乗ろうとしたが、そうするにはどうしようもなくやりきれない思いが先行してしまい、そっぽを向いてこぼれそうな涙を耐えるしかなかった。
今更、どう誤解されても困ったりしないはずなのに、それでもあの怒ったような背が自分を拒絶したような気がして居た堪れない。
嘘なんて何一つ吐いてない。
ただ言う機会がなくて言えなかっただけ。
今度会ったら紹介したいとも思っていたのに、なのに・・・。
沈む思考のまま一歩先を歩く手塚についていくだけしか出来ない。
手塚も自分の言葉では届かないと思ったのか何も言わず無言で道を先導していた。
そしてたどり着いたのはこじんまりとした喫茶店だった。
調度品から何もかもを木製の落ち着いたカントリー風で統一した室内に入った瞬間鼻孔を擽った草花の匂い。
薔薇や百合といった豪奢な花々のきつい匂いではなく草原に足を踏み入れたようななじみの強い香りに心がふわりと浮上して郁は顔を綻ばせる。
手塚はその横で店内を見渡し、目的の人物を見つけたのか郁を引っ張って奥の席へと近づいた。

「遅いわよ~、何してたの?」
「こいつがもたもたしてたんだよ。」
「あ、酷い!人のせいにして!!手塚が囲まれてるのが悪いんじゃんっ!!」
「ばっ・・!!!」
「何よ~。」
「ふーん、光、囲まれてたんだ。」

女子たちによね?と目が笑っていない微笑みを浮かべて郁と手塚の掛け合いに割り込んだ柴崎が2人を凍らせた。
とりあえず、座れば?と声を掛けられて2人、顔を見合わせると大人しく席に着いた。

「ま、いいわ。その話は帰りにしましょう。」

ね、光?と笑った柴崎の笑顔は綺麗で、しかし冷たさを伴っていて見ていた郁はヒクリと頬をひきつらせた。そして一応、と口を開く。

「手塚、ものすごく迷惑そうだったし全部無視してたよ?触られそうなのは全部避けて拒否してたし。」

そんなに怒らないでね?と、喧嘩になってしまうんじゃと不安になった郁が声を掛けると柴崎は郁を見て目を瞬かせる。
不安そうな、泣きそうな表情の郁に柴崎は毒気を抜かれてふっと苦笑してみせると解ってると頷いた。
郁は自分と堂上の状況を2人に重ねて想像してしまったのだ。
郁と堂上はそういう関係ではないし、だからお互いに口出しは出来ない。
でも、気まずくなってしまったのはきっとうまく立ち回れない自分のせいなのだと郁は自分を責めていた。
そして、仲が良い柴崎と手塚を見て少し前の自分たちを思い出していた。
2人には笑ってほしい、楽しく過ごして欲しい、お互いを大切にしていて欲しい。
そんな願いを抱えているから、2人が険悪な雰囲気になるのが酷く不安にさせるのだ。
2人とは少しの時間しか共有していないがお互いをとても大切にしている。
けれど、どちらも意地っ張りなのだ。拗れて泣くのを見たくない、と。
そんな郁の気持ちに気付いて理解した柴崎は、ごめんと謝罪を口にすると郁に手を伸ばしやさしく前髪を払った。
頬を撫でるほっそりとした手が横に動いて目じりを辿ったことで郁は自分が泣いてしまっていることに気付いた。

「うわっ、ごめん!泣くつもりなかったんだけど。」

慌てて鞄からハンカチを出して目を拭うが、涙がすぐに止まることはなく焦りだけが募る。
そんな郁の頭にぽんぽんと慣れたものとは違う小さな手の感触を感じて顔を上げると柴崎が困ったように微笑んでいた。
めったに見れない素の表情で、郁に大丈夫だからと声をかけてくれる。
そして会話が途切れたところを見計らったように店員がお茶を運んできてくれた。

「お待たせしました、カモミールティーのケーキセットです。」
「ありがとう。」

答えたのは柴崎で、カップを3人分とケーキ、それにポットを受け取ると順番に配っていく。

「この間アロマオイル見てた時に教えてくれたでしょ?せっかくだから、おいしく飲めるところ探してみたの。」

はい、とカップとソーサーを郁の前に移動させた柴崎は手塚の前にも同じように配り頂きますと言ってから一口口に含む。
郁はまだ零れる涙をそのままに、カモミールティーの入ったカップを覗き込む。
ふんわりとしたリンゴにも似た甘過ぎないやわらかい香りが漂う。
一口口にするとじんわりと体中に沁みていくようでふぅっと深い息を吐いた。
勧められたケーキも口にして、柴崎と時折混じる手塚の問いかけや話題に答えている間に郁の涙もすっかりと止まっていた。
そうして小一時間、2人とゆったりとしたティータイムを過ごした郁は少しだけすっきりした表情をしていた。

「麻子、今日はありがとうね?」
「あら、どういたしまして。そのうち郁の大好きな幼馴染君に会わせてくれたら良いわよ?」
「なっ?!」
「ふふふ、どんな意味でも大切なんでしょ?」

柴崎のからかうような視線と言葉に叫びそうになったが、続いた言葉にはっとして目を見開くと柴崎を凝視する。
それから、本当に小さくこくりと頷くと柴崎はひどく満足そうに微笑んだ。

「郁が頑張るなら、私も頑張るから。」

顔を近づけた柴崎がこっそりと耳元で囁いた言葉は、郁を驚かせるのには十分だった。
しかし、やさしく微笑んでいる柴崎を見てそれも自分のためなのかもしれないと思うと郁は笑顔を見せた。
それは久しぶりに憂いのない郁らしい笑顔で、初めてそれを見た柴崎は目を軽く瞠ってからいい顔するんじゃないとごちる。
郁たちが会計を済ませて3人でお店を出ると外はもう夕暮れだった。
2人が使う最寄り駅までの道を話しながら歩いて、改札前で別れると郁は自分も家に帰るための帰路についた。
家の近くまで来ると、薄暗い中で自宅の門の前に人影が見えて郁は足を止めた。
夕暮れ時を過ぎて薄闇に覆われた視界の中、足を止めたまま目を凝らした郁はその人影が自分のよく知る人物であることに気付いてほっと息を吐く。

「おかえり。」

再び足を動かせば、腕を組んで地面を睨んでいた人影が顔を上げた。
人影は堂上で、郁に気付くと最初からあった眉間の皺をさらに増やして睨むように見てきた。
近くまでたどり着いた郁に、不機嫌ながらも出迎えの言葉を告げた堂上に僅かばかり安堵しながら首を傾げる。

「ただいま。篤、こんなとこでどうしたの?」

夕飯は?といつもの調子を心掛けて声をかければ、不機嫌そうだった堂上の表情が困惑したような表情になり郁から視線を逸らした。
門の前に立たれているので中に入ることもできず、郁は堂上のそばまでたどり着くと足を止めて堂上を見た。

「篤?」

黙ったまま、再び地面をにらんでしまった堂上に郁は少し前、正門で手塚に捕まった時のことを思い出してわずかに青ざめる。
まさか、あのことを言われるんだろうか?言われて、私はなんて答えたら良いんだろう??そんな不安がよぎって郁の表情が硬くなる。
固唾を飲んでしまう中、堂上がようやく視線を郁に戻す。

「郁、お前今日誰と一緒に居たんだ?」
「え?」
「河野が、郁にも彼氏が出来たんだって言ってたんだ。約束じゃなかったのか?」
「そ・・・れは、でも!」
「でも?お互いに約束しただろ?付き合う相手が出来たら言うって、でも付き合い方は変えない。違ったのか?」
「篤・・・?」

何かを堪えるように、瞳を揺らし声を押し殺して聞いてくる堂上に郁はどうしたら良いのかわからなくなってしまった。
自分は嘘を吐いていないし、でも堂上は既に手塚が彼氏だと聞いて信じてしまっているように見える。
なら、自分が今否定してもそれを信じてくれるのか郁には自信がなかった。

「・・・違わない。けど、今日この時まで篤と話す機会がなかったもん。それに、私まだ誰とも付き合ってない。」

自信がなくても、嘘は吐けない。
第一彼氏の話の方が嘘なのだからそこは否定しても大丈夫なはずだと、郁は堂上から嫌悪の視線を向けられるかもしれない可能性に怯えながらもしっかりと自分の気持ちを吐露する。
しかし、堂上の瞳は既に怒りを孕んでいて郁の言葉は半分しか届かなかった。

「お前が・・・!っ・・もういいっ!!」

郁は食って掛かってきた堂上に、ビクリと肩を竦めて一歩引いてしまう。
そして、そんな郁を見た堂上は我に返ると何かを続けそうだったのを飲み込むようにぐっと喉を詰まらせてから、拒絶を示すように吐き捨てて堂上の自宅である隣の家に戻っていった。
郁は、そんな堂上の姿を呆然と見送ってその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

「なんで・・・?私、付き合ってないってちゃんと言ったのに、どうして・・・。」

泣きそうなのを堪えるために唇を噛み、それでも堪え切れない慟哭が喉奥から低く辺りに響いて落ちた。
郁はそこから動けず、あとから帰ってきた兄に見つかって引っ張り起こされるまでその場に蹲り声を殺して泣いていた。
翌日、郁は目を腫らして1階へと降りてきた。体調が悪いわけではないが、昨夜遅くまで涙が止まらず柴崎にメールで相談したら冷やせと言われたので冷やしたのだが間に合わなかったのだ。
真っ赤になった目に気を抜くと涙があふれてきそうになるのを必死に堪えていると、朝食の準備をしていた母親が心配そうに郁の傍に寄ってきた。

「郁、今日は学校お休みする?」

泣きはらしたと解る顔で、朝食の前に座り俯いたまま動かない郁を心配してそう声を掛けてきた。
郁はその声にはっとして顔を上げると、困惑した表情の母親が郁の顔を覗き込んでいた。

「篤君と何かあったの?」

少しの沈黙の後、母親は控えめだがはっきりと郁にそう問いかけてきた。
郁はなぜ?という思いで目を見開いて母親を見ると、母親は昨日郁が帰ってくる前に門のところで見かけたからと返事があった。
郁の見開いた目からはもう雫があふれ頬を伝い始めて止めようがなかった。
零れる嗚咽に言葉を遮られ、郁は喉を詰まらせながらも違うと首を横に振る。

「わた・・・っ、私が悪いのっ。あっ、篤っ、しんぱっ・・・っく」

郁はどうにか母親に堂上が悪くないこと、自分が話すタイミングを見失って心配をかけたこと、そのせいで堂上に嫌な思いをさせたかもしれないことを伝えようと口を開く。
どれほど泣くことになっても、堂上を悪く言われたり思われたりするのは嫌なのだ。
その原因が自分であるのは何より嫌なことだった。
必死に首を左右に振る郁に、母親はかける言葉を探していたようだが結局小さなため息一つでそれらは消えた。

「郁・・・、とりあえずその状態じゃ学校に行っても勉強も出来ないでしょう?今日は休みなさい。」

そして、母親は追及することは止めて学校に休む連絡を入れると郁を部屋へと追い返した。
郁も自分の状態を鑑みてどう考えても無理だと思い、手に保冷パックとタオルを持って自室へと戻った。
やることもなく、ベッドに寝転がると保冷パックをタオルに包んで目に当てる。
冷たいソレを気持ち良いと感じるほどには腫れて熱を持っている眼。
どれだけ泣いても捨てることだけは出来ない自分の気持ちを郁は持て余していた。
そうして目を閉じて転がっているとぐるぐると考えたくないのに堂上の事ばかりが頭に浮かんでは消える。
昨日、門の前で待っていた堂上の様子はどことなく不自然だった気がすると思うとその時ばかりが思い浮かぶ。
そうして思い浮かべていると涙も溢れてくるが、眼を冷やしている保冷パックが郁を冷静にさせてくれていた。
そして思い出した堂上の表情に、不自然な理由を見出しぽつりとつぶやく。

「なんであの時、篤はあんなに痛そうだったんだろう。」

郁に手塚のことを問い詰めた堂上はどこか焦っているような表情だったように思う。
似たような表情を見たことがあると記憶の糸を辿ると、中学最後のリレーに行き当たった。
郁は別の陸上種目に出ていたためリレーには出ていなかった。
あの時堂上はバトンの受け取りに失敗して順位を落とし前を走る走者に必死に追いすがっていた。
しかし、その時と同じ表情をなぜ昨日見せたのか郁には理解が出来なかった。
郁こそが堂上に追いすがり、とうとう置いていかれたのだ。
堂上がそんな表情をする理由はない。
そう結論に達したのに、郁には理解できないもやもやとした感情だけが胸に滞った。
ただ1つ言えることは、もう堂上と一緒に居られないということだ。
堂上は郁が彼氏が出来たことを隠していたと思っていたはずで、約束を破ったと思われたならきっと一緒に居られないだろう。

「紹介、したかったな・・・。柴崎と一緒に。」

もう無理だけど・・・と呟きながら止まることのない涙をタオルに吸わせ、郁は明日は学校に登校出来るように時々保冷パックを変えて眼を冷やしながらその日一日を過ごした。
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実写映画から図書戦に完全に嵌りました。暢気で妄想大好きな構ってちゃんですのでお暇な方はコメント等頂けると幸い。

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